「真似しない、真似されない」商品開発をモットーに、独創的な商品を開発してきた歴史を紹介します。
三代目 稲葉由蔵が鰹節生産を事業化。これが当社の始まりです。
幕末~明治にかけては、鰹節を全国へ販売。合わせて、静岡特産の生みかんの集荷・販売も急成長しました。
国内での生みかんの集荷・販売は好調で、海外への輸出も開始。当社の海外輸出事業がスタートしました。
五代目 稲葉作太郎は、現在の本社所在地である静岡県静岡市清水区由比に缶詰工場を建設。マグロを始めとした水産物、フルーツの食品缶詰生産がスタートしました。
三代目 稲葉作太郎が「稲葉食品株式会社」を設立。これが当社設立となります。
1948(昭和23)年、農林省が主催の品評展示会で当社の鮪油漬缶詰2点が大臣賞を受賞しました。これこそ、現在の【高品質・技術力】の原点といえます。
戦前から続く生みかんの集荷販売は、海外輸出も好調でした。マグロ缶詰の輸出も好調で、この時期に手作業から機械化が進み、その機械を共同開発することも当社は手掛けました。
当社初のペットフードは輸出中心。主にアメリカ、イタリア向けに輸出されました。
1965年〜1975年(昭和40年代)は缶詰業界にとって苦難の時代。様々な時代変換に対応するため、ミカン缶詰などの事業を閉鎖。国内販売へと舵を切ります。
苦難の時代に切り札として開発された商品。現在では当社を代表する商品です。この商品は当社の企業理念『独創と挑戦』をまさに表しています。
当時のツナ缶詰の主流は「ビンナガマグロ」と「カツオ」。そこに当社は「キハダマグロ」製品を開発。
キハダマグロは冷凍輸出や生食が主流で、缶詰にすることは常識では考えれませんでした。その常識を破り、比較的安く、安定して確保できる資源としていち早く着目し取り入れました。
当時はファンシー(かたまり肉)だったツナ缶詰を、フレーク状にして販売。「かたまり肉を家庭でほぐして食べている」という消費者目線に立った逆転の発想でした。
当社の開発したこのキハダマグロを使ったフレーク状のツナ缶詰が、ツナ缶詰市場の主流となっています。
東京を皮切りに、大阪、名古屋、福岡、仙台と全国へ販売網を広げました。完全に国内販売へと切り替え、ツナ業界2位の地位を確立しました。
いなばライトツナの市場を大きく拡大する原動力になったのは、3缶パックでした。3缶パック専用機械も開発し、量産化で市場を拡大しました。
油漬けが主流だったツナ缶詰。消費者のヘルシー志向に対応したノンオイルタイプ、塩分減量などのツナ缶詰を開発。「いなばライトツナℐ(アイ)」がヒット商品となり、シェアをさらに拡大させました。
オリーブオイルの成分が体にいいこと、パスタに日常的に使用されている事に着目し、いち早く製品化。当時はパスタもオリーブオイルも一般的でない時代でした。
DHAが記憶力アップや血中コレステロールを減らす働きがあると報告されていることに着目し、研究者の指導のもと製品化。新聞やテレビ、雑誌などでも盛んに取り上げられました。
「新鮮・愛情」をコンセプトに国内オリジナルペットフードブランドが誕生しました。『CIAO』は国産品100%ブランド。瞬く間に市場の人気を集め、現在でもプレミアムキャッチフードのNo.1シリーズとなっています。
いなばライトツナの登場により、キハダマグロの需要は急増。日本船の巻き網漁業発展に大きく貢献しました。
その業績に対して、水産庁から水産功績者として賞を受賞。また、栄えある藍綬褒章をも受賞しました。
1980(昭和55)年に売上高が50億円を突破して以来、約10年ほどで120億円を突破。社名を漢字表記から平仮名に変えることで、更なるイメージアップを図ることにしました。
中国山東省に『青島稲進食品有限公司』を設立。缶詰をはじめ、レトルトパウチ、アルミトレイのラインが設置。ISO22000を取得しています。
タイに現地法人『イナバフーズタイランドカンパニーリミテッド』を設立。
タイに現地法人『いなばペットタイランド(株)』を設立。
本場タイで製造した「タイカレーシリーズ」が大ヒット。2013年に日本食料新聞社より第32回優秀ヒット賞を授与。